2020/08/19

2時間(第四の壁)

 


湊「こんにちは。ひょっとして、ここで待ち合わせをしている、ダイアローグの大林さんですか?」

大「あ、はいそうです。湊さんでいらっしゃいますね? はじめまして。私は湊さんの事を何とおよびすれば宜しいですか?」

湊「おじさん・・・と。あ、いや、みなとさんと呼んでください。それが普通ですから」

大「どうも湊さん。あらためまして、こんにちは、ダイアローグの大林です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

湊「こちらこそ、よろしくお願いします。
しかし、なんだなぁ。嬉しいなぁ。君のような若くて快活な人と会話が出来るなんて。これで今からたっぷり2時間、2時間も会話が出来て3万円は高くないよ。うん。むしろ安いよ」

大「ありがとうございます。本当の所、正確には待ち合わせ時間から2時間をカウントします。あともう一つ事実を述べると、今私たちが行っているこのコントは、5分で終わります」

湊「5分って・・・ダメだよ、そういうメタフィクション的な言及は」

大「なぜですか?」

湊「なぜって、、だってこんな短いコントの中で、しかも開始早々に、そんな、第四の壁を壊したところで、受けないよ」

大「・・・受けない・・・。あそこの人には受けているみたいですけど」

湊「だから止めてよ。もういいよっ。

そうそう、何の話をしていたっけ。うんそうだ。早速だけどごはん食べに行かない。ごはん。ピザは好き? ここから歩いて行ける所に本格的なピザが食べられる店が有るのだけど」

大「いいですね。ピザ好きです」

湊「そうなんだ。それは良かった。ピザは何が好きなの?」

大「そうですね、トロピカル、照り焼きチキン、エビマヨネーズとか」

湊「ピザと言って真っ先にそれって、なんか変わった趣味というか。
んーそうか分かった。ピザという話題から話を発展させようとして、わざと燃料投下しているね? なるほど流石会話が専門のサービスだ。相手を挑発して喋らせるのが上手いね。

実はこれから行く店は本格的なピザ屋でね、ドウを手で捏ねて作る店なんだ。生の生地の上に生の素材を乗せて作るの。そして窯があってね。本物の石窯で、中で薪を燃やしているんだ。

窯で焼いたピザはいいよ。トマトには強く熱が伝わり生地はイイ感じに膨らんで、表面はパリッと、ちょっと焦げるんだけど、それがまた薪の香りがわずかについてとても旨い。
そうやって焼いたピザって、具は凄く熱くなるんだけど、でも水気もちょうど良い感じに残るんだよね」

大「美味しそうですね」

湊「だろ? やっぱり定番はマルゲリータだな。そこの店のマルゲリータは解けたチーズと焼かれたトマトが、熱いうちは緩くソース状になっていて、それを皿の上でナイフで切って食べるんだ。たまらないよ。

でも最近自分がハマっているのはチーズが乗っていないマリナーラというやつで、これはトマト、ニンニク、オリーブオイル、そしてオレガノだけのピザなんだが、そこの店はそもそも生地が旨い。そしてその上全ての素材が旨い。
それが熱で溶けて上は熱風で焼けて、一枚のピザになっているんだ。これは素朴な味わいで、もう何回食べても旨い」

大「美味しさが伝わってきます。湊さんはシンプルな調理がお好みなのですね?」


湊「そう。そうさ・・・。
 そして俺が望んでいたのはこれだ! 今俺は幸せを噛みしめている!」


大「まだ食べないうちから」

湊「違う違う。君の所属している、{あなたの生活に会話を、会話のお相手出張サービス、ダイアローグ} の話だよ。
欲しかったのはシンプルにこれ。話を聞いてくれること。

だって、例えば場末のスナックに入ったとするだろ? ママと呼ばれるそこの、まあ女将さんは、親切のつもりなんだろうが話を振って来るんだよ。つまらない話をさ。でも全然波長が合わないんだ。

評判の、相談に乗ってくれるという占い師の所にも行ってみたよ。そしたらそいつはろくに話も聞いてくれず、俺にあれこれ助言をして来るんだ。俺の事なんか何にも知らないくせに。

俺はただ話したいだけなんだ。話を聞いて欲しい。

だが、それがキツイといわれて女房には別れられた。子供にも話が長いと嫌がられている。本当は今日は子供との面会日で、子供と会える日のはずだったんだ。でも、コロナの影響でとか何とか言って会ってくれないんだよ」

大「それは大変ですね」

湊「そうだな。おまけに今は失業中だ。だから、誰とも話せていない。せいぜい職安の人位か」

大「それはまた、大変ですね。
あの、そんなに話したいことが有るんですか?」

湊「ある。あるある。沢山ある。一日中話したい」

大「よく渋谷の駅とかで、スピーカをもって話している人いるじゃないですか? こうやって、マイクを持って、コロナはただの風邪です。とか。ああいうのどうです? 一日話せますよ」

湊「うーんそうだねぇ・・・ってそれは街頭演説じゃないか。

いや演説は否定しないよ。内容はともかく、彼らだって主張があってああして喋っているんだろうし。

でもねぇ、俺にはそんな主張したい事はないんだ。それはよく分かっているんだよ。
俺はね、そういう、価値のある内容を話せる人間じゃないんだ。それは分かる。

ただ・・・、ただちょっとした幸せって有るじゃない? 日常のちょっとした事。やった事とか発見したこととか気づいた事とか。そういうのを話して、そしてちゃんとリアクションをもらって、つまり、歓びを分かち合いたいんだよ。

でも、わかっている。俺の話を聞く相手は、本当は全然喜んでいない。自分語りの自己満足なのさ。
君だってそうだろ? 仕事だから聞くんだ。ソーシャルワーカーだよ。
俺の話を喜んで聞く人なんて、一人もいないのさ」

大「そんなことは無いですよ」

湊「ありがとう。慰めてくれているんだね?」

大「いえ。本当です。本当の事です。
だって、ほら、見て。こんなに沢山のお客さん」

湊「だからメタフィクション的言及はヤメテ」

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