2018/11/18

猫語



ト Bは椅子に座っている。二日酔いのAは架空のドアのこちら側に居る。
A はあ寝すぎた。昨日は飲み過ぎたな頭痛い。
B ニャー
A あれ? 何か聞こえた。猫の声? 
B ニャー
A え? 何? おはようございます?
B ニャー
A え? え? 今日もいい天気だなあ?
何だろう。何言っているのか解る気がする。ニャー、ニャーって、聞こえるけど、僕が聞いているのは猫の声なのだろうか?
しかし変だな。おかしいな。僕がこのアパートで暮らし始めてからこの3年、生き物を飼った経験はないし、というか、犬猫はおろか、金魚だってトカゲだって鈴虫だって飼ったことはないし、トゲトゲのサボテンですら育ててない。この部屋で生き物と言えば・・・僕一人・・・
B ニャー
A え? 寂しい男だなって?
そうだな・・・。昨日の夜だって友達と仲良く飲んで騒いでいたが、でもここに帰ってくれば僕一人だ。この部屋で僕を迎えてくれる友はいない。
B ニャー
A え? 何? 定義によるだって? 定義って何? 友達の定義?
つうと何か? 昨日ここに帰って来た時、玄関の扉を開けたらゴキブリが一匹いたけど、あれが友達って言うの。あの、僕と目が合った瞬間サササーっと、キッチンの隙間に入って言ったやつ。あのゴキブリが、僕を迎えてくれる友達って事?
B ニャー
A そうじゃないって? この部屋にいる生き物の定義の方? 生き物とは何かって?
つうか、不思議だ。さっきから僕は何で猫の言葉が分かるのだろう?

ト Aドアを開けて入る仕草。

A  あれ、誰かいる。というか、何か、いる。
  えっと・・・こんにちは・・・
B ニャー
A ニャーって、さっきからニャーニャーって言っているの、君?
君誰? つうか、どこから入ってきたの?
まさか・・・ そこの換気扇の隙間から入ってきた?
B ニャー
A ねえ、さっきからどうして君ニャーとしか言わないのさ? 
ああそうか、分かった。彼女は特殊な脳障害を負ったんた。
確か、脳の言語野の一部が血栓とか物理的損傷とかで機能を失うと、他は正常でもただ喋る事だけ出来なくなるんだ。
さらに稀な例で、喋れるけれど発音とかがだけがおかしくなって、まるで外国語をしゃべっているように聴こえるという症状が、
うん、そうだ、それで彼女は言葉をしゃべることが出来ないんだ。でも、言葉らしい響きはかすかに残っていて、それで僕は彼女がしゃべるニャーって発音を言葉として理解出来るんだ。
なあんだ。謎は全て解けた。
B ニャー
A え? 違う?  違うのか・・・
B ニャー
A え? 知識が、お前のその知識が理解を妨げているって?
B ニャー
A 常識にとらわれるな? 心の目を開け?
どういう意味だ。君は一体・・・人間なのか、それとも猫の・・
はっ。思い出した。もしかして君は・・・
そう、それはちょうど今から1年前。粉糠雨が地面を光らせる、肌寒い夜だった。僕がこのアパートに帰って来ると、猫の声がした。ふと見ると、ゴミ置き場とブロック塀の隙間に、子猫がいた。鳴いていたのはそいつだった。
ずぶぬれになって震えていたよ。
僕はさっきコンビニで買ったパンを少しちぎってやった。猫はそれをくわえて隙間の奥へと消えていった。
 元気にしているだろうかとは思っていたが、、君は、、君はその時の猫か?
B ニャー
A え、違う? って、違うのかーっ!
じゃあ君は一体・・・

ト Bの膝の上にある領収書を拾う。

A 何これ? 領収書? ご利用ありがとうございます デリバリー、ラヴドール・・・
ああっ。お・も・い・だ・し・た
それは昨日の夜。僕はしこたま飲んで酔っ払ってこのアパートに帰ってきた。僕は見たんだ、ゴミ捨て場の近くに立っている電柱に、見慣れない張り紙がしてあったのを。そこには、人形のレンタルサービスと書いてあったよ。女の人の代りにラブドールをウチに届けてくれるという。
僕は電話をした。正直面白半分だった。だってこんな夜中だ。ただ話し相手が欲しかったんだ。でも矛盾するようだが、電話には誰も出て欲しくなかった。
気の弱そうな若い男が出たよ。こんな夜中でも喜んで持ってきて来るという。
電話口の彼は言ったよ。「声が出るやつにしますか」
声。声って何?
「いえね、喋るんですよ、ああっ、いいっとか、オーカモーンとか」
僕は言った「じ、じゃあ喋るやつお願います。」
彼は言った「何語が宜しいですか?」
何語って? 何?
「やあ、色々有りますよ、標準語関西語、流ちょうなクイーンズイングリッシュ、猫語・・・」
僕は言った「猫語でお願いします」
B ニャー
A すると何か? 僕は今朝からずっと、この喋る家電相手に独り言を喋っていたという訳か。あー糞っ。寂しいなぁ。
B ニャー
A ・・・え? 気づくのが遅い?
B ニャー
A 馬鹿なやつだ?

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