時たまローテーションで店内に流れるそれはコモディイイダイイダと歌っている店のテーマソングが始まった時に奥田は発泡酒と少々の揚げ物が入った買い物かごを手に持ちレジの列に並びながらレジを打っている若い女性を見ていた。
一人暮らしをする男子学生の視線で見ていた。
小柄で笑顔。制服のエプロンから胸の大きさが推し量れる豊満な体形。広いおでこをひっつめ髪にした綺麗な生え際。
レジ係の女性が、レジの前に有ったカゴをずらして空間を作り、奥田の買い物かごをバーコードリーダーの真下に置いた。奥田は顔をそらし、レジ係と目を合わせないようにした。
気付くと周りが暗い。晴れていたのに急に夕立にあうような暗さだった。店内が、どこを向いても一様に暗い。
人の動きが止まっている。サッカー台の前に立って、カゴから袋に商品を詰め替えている客たちの手が、目が、止まっている。時間が止まっている。
店のテーマソングも止んでいる。静かだ。
「おいお前」
とレジの女性は言った。
「お前、俺の事を見ていただろう」
レジの女性は笑っている。他に物音が聞こえない。その女性は話を続けた。
「いや分かっている、分かっているよ。お前の名は奥田要。何某大学の1年生。春から一人暮らし。異性に漠然とした興味ありしかし交際経験なし。ビールの味を覚えた」
女性はそこで言葉を止め、奥田の様子を伺った。
奥田は息をのんだ。女性はそれを、続きを聴くそぶりと捉えた。
「奥田君 ちょっといいか? 歩きながら話そう。ああ、その発泡酒、カゴから出して持ってきな」
レジから出て売り場の方に歩き始めた女性を追って奥田は、言われた通りに発泡酒を持ち自分の後ろに列を作って並んでいるお婆さんと子連れの女性(彼らも止まっていた)を避けて店内に進んだ。
「俺はねえ、協力者を求めている。お前のような。そう、ずばりお前のような。お前は典型的な人間の男性。サンプルとして理想的な人間」
「ほら、このその缶をこの本物のビールと取り換えな。お礼だよ。これからも悪い事は何も起こらない。ただ、俺がお前を見ているだけだ。それだけだ」
・・・
店のテーマソングが聴こえる。
奥田は、気が付くとスーパーのサッカー台に居た。レジでの支払いを終えてここにいるのだと思ったがあそこを通った実感が無い。しかしレジの方を見る勇気もなかなかった。
支払い済みの灰色のカゴの中には、缶ビールと揚げ物が入っていた。
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